FC2ブログ
 
■プロフィール

haru3377

Author:haru3377
ハル
w.コーギーペンブローグ(♂)
2004年5月27日生まれ
茨城県つくば市在住
2018年1月30日永眠

■最新記事
■最新コメント
■最新トラックバック

■月別アーカイブ
■カテゴリ
■アクセス

■検索フォーム

■RSSリンクの表示
■リンク
■ブロとも申請フォーム
■QRコード

QR

ハルの気配
ハルが亡くなってから 気配を感じたことはありません。
あちらで楽しくやっているのであろうと思っています。


が・・・・ 昨晩 お風呂に入ろうとしたら・・・・。

風呂場のドアの前で ハルのシャンプー後の匂いが漂いました。 
入浴中ずっと漂っていた気がします。 
まるで生前のようにずっとドアの向こう側にいる気がしてました。

風呂からあがり ドアを開けたら もうハルの香りは無くなっていました・・・・。
不思議です。

夫は気のせいだと言いますが。




「お盆だからって 帰って来なくてもいいからね。そっちで楽しく遊んでいなさい。」 
と思っていたのですが




時折 無性に思い出す私に 会いに帰ってくれたのでしょうか。

こんなコギ




スポンサーサイト
思い出 | 10:48:30 | トラックバック(0)
天国のハルへ お誕生日おめでとう!
きのう5月27日 14歳を迎えるはずでした。
一人暮らしの兄ちゃんが 「ハルの誕生日だね」 とLINEをくれました。
誕生日
夕飯は焼肉しました。ハルには大好きだったイチゴも添えました。
美味しくたべてくれたでしょう。


片付けていないお散歩グッズ。
お散歩グッズ3 お散歩グッズ2
雨散歩の私の長靴。長靴


最後のシャンプー10月だったんだ。 
シャンプー ブラッシング 
ブラッシング用品 ハルの匂いがしました。

なかなか片付けられそうにないです。



我が家は普通に生活が流れています。 
クマちゃん 玄関 
 庭 ステップ
縁台 いつものところにハルの姿はありませんが。



きのうの誕生日 家の近くでハルをよく連れて行った場所に出向いてみました。
車

お出掛け お出掛け2 お出掛け3
ハス 菖蒲
カエル キジ
蛇





ひょっこりと現れてくれないかな と思う今日この頃です。

テーブル下


そしてハルスマイルは 私たちには永遠です。

ハルスマイル




思い出 | 13:44:57 | トラックバック(0)
あれから
 
春の庭が好きだった僕ちゃんだから 
お花

庭に咲く花と散歩道の菜の花を飾った今年の春でした。



具合が悪くなったのは昨年11月。
かかりつけ医さんから二次診療を勧められ セカンドオピニオンとして高度医療センターを受診しました。

循環器の専門医先生の診断は僧帽弁閉鎖不全症と徐脈でした。
徐脈と貧血数値の原因は体のどこかの腫瘍であるとの診断をくださったのですが 
総合内科でのCT検査では腫瘍は認められない と診断されました。
CT画像においては もうちょっと丁寧に慎重に診るものではないかと ふっと思ったのも事実。

心臓の治療の経過は良好で 薬の減量も可能でした。

しかし様態はだんだん悪くなっていきました。
検査の数値ではわからない 飼い主だからこそわかる感覚と所見。
13年間常にそばでみてきた家族だからこ感じる異変。
疑問におもうことを病院にその都度確認してきましたが もっと強く訴えればと良かったと。  

1月に入り 貧血の数値がますます悪くなり 
免疫介在性溶血性貧血という病名が告げられ入院治療が始まりました。
貧血の数値は良くなっているのに入院中のハルは日に日に元気がなくなる。
病院に言い続けましたがステロイドの副作用だと。
貧血の数値が回復したので退院になりましたが ますます元気がなくなる。
ネットで調べてもこのようなステロイドの副作用は出てこない。


そして本当の病気 肝臓がん がわかったのは 亡くなった日の前日でした。
じつは血液の病気ではなく肝臓がん。
それまでの貧血の入院と治療がかえってハルの寿命を短くしてしまったようです。


11月の時点では病院もわからなかったんだと思います。
わからなかったとはいえ悔しいです。
計り知れない悔しさが私の中に残りました。

この時 真の病気がわかっていれば もうちょっと私たちの傍に居られたかもしれません。
辛い入院治療もさせることもなかったでしょう。
介護は大変だったかもしれませんが もうちょっと一緒に笑ったり 楽しんだりできたかもしれません。




毛艶も劣ることなく 白髪もなく 外見は綺麗なままで亡くなりました。
でも何か月も いや何年もハルの身体の中で何がおこっていたのか そう思うと・・・・。
助けてあげられなくてごめんね。


今思う事。
1つめ。2年ほど前から食事量は変わらないのに体重が徐々に減ってきた事。
足のためには減体重はいいことだと思っていた。

2つめ。1年ほど前から下痢になる事が度々あった事。
処方薬で改善してた。 こんなに度々抗生剤を飲ませて大丈夫なのかと病院に確認したこともあった。

3つめ。半年ほど前から大好きだったパンを食べなくなった事。 

これらの事 かかりつけ医さんにその都度話してていましたが確実な答えはありませんでした。




サイレントキラーと言われている肝臓がん おそろしいです。
セカンドオピニオンでも不安を感じたらサードオピニオンを考えるべきだったかもしれません。
ただ私たち家族がハルに対して一番にしてやれること それはハルが一番望んでいる事と考えました。
ハルが望んでいたこと 
恐らくハルはいろんな検査のために病院に行く事でもなく 入院する事でもなく
この家でいつもの場所でご飯を食べて いつもの寝床でクマちゃんを枕にして眠り
家族と一緒に1日を過ごすことなのではないかとおもいました。

結局 手術も入院もさせてしまったわけですが 
最後は家族の出勤を横になりながら見送り その直後私に看取られて旅立ちました。



家の中に生活していた足跡は今だ数多く残っていますが ハルの気配を感じたことはありません。
きっとあちらの楽園で楽しくやっているんだと思います。
いつまでもメソメソしてはダメだよ と言っているに違いないです。

2007年5月





思い出 | 09:33:43 | トラックバック(0)
1か月
ハルが亡くなって1か月が過ぎました。

ハルが置いて行った オヤツやフード ペットシーツやエリザベスカラー
ハルには大きすぎて使わなかったフードボール等など・・・・
支援物資として 保護犬を抱える団体に届けてきました。
先方はクレートを希望しておられ 役に立っていただけるならと用意しましたが
どうしてもバリケンとクレートは持っていくことが出来ませんでした。


他にも処理できないもの。
私の車。
車検代、保険代、税金がかかってしまいますが あと1年置いておくことにしました。
まだハルが車の中にいるようで・・・。 
ワンワンと吠えてる気がします。

写真 12-05-02 11 22 01



思い出 | 11:59:18 | トラックバック(0) | コメント(0)
ハル永眠
1月30日午前6時55分 我が家の僕ちゃん 旅立ってしまいました。

ハル永眠




以下2月7日 追記

1月28日(日)
ハルに体力付けさせようと 28日の日曜日夕食はみんなでステーキ食べました。
完食しました。
生まれて初めてのアイスクリームはいつまでもスプーンを離しませんでした。
「離せ。OFF!」というコマンドが
ハルに向けた最後のコマンドになるなんて思っても居ませんでした。


1月29日(月)
朝食もステーキとレバー入りのおじや 味しそうに食べました。
庭先に出してあげると ちゃんと片足上げてオシッコもしました。

この日は病院の日でした。貧血の値は完全回復してました。
が 夕方帰宅してしてもご飯も食べず 夜の薬は兄ちゃんに支えてもらって飲ませました。

眠りながら「ワンワン」と吠えました。寝言かと思いました。
夜遅く私が介護用品をいろいろネットで注文していると
かろうじて動く前足を突き出して一生懸命 立とうとしました。

これらの事 後になって思えば ハルの旅立ちのメッセージでした。


1月30日(火) 6:55 永眠




最後の最後まで 頑張って生きようとしたようです。

火葬場のかたは 「この子を、まず褒めてあげてください。」とおっしゃいました。
骨がボロボロでした。 足も背骨も肩骨も・・・・。



今まで降りれた段差が降りられなくなったりしてたので 抱えることは多くなっていましたが・・・。

「辛いよ。」って もっともっと言ってくれてもよかったのに・・・・。
介護らしき介護なんて何もしてないのに。。。。




13年8か月 ありがとう!




ハルの健康・ケア | 08:51:30 | トラックバック(0) | コメント(7)
次のページ

FC2Ad